Feekazi

たとえばこんな沖縄暮らし

最愛の父

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帰郷のおり、父が連れて行ってくれた鎌倉のお寺。竹林の中で抹茶を頂きました。

 

浦添てだこ祭りでひとり、花火を見上げた時の家族の思い出
【光の夕涼み】(2010年7月20日投稿)をアップしました!

naya-okinawa.hatenablog.com

 

この記事で余計な一言を言って私を落ち込ませてるのが、私の父。
5人家族の中で唯一の男性。

 

本人は「女ばかりの家族の中で、お父さんひとり肩身が狭い!」
なんてよくネタにしてたけど、とんでもない!!

 

私たち三姉妹にとって父は、
ヒーローを通り越して、アイドル!(好きーッ!)

 

明るくて面白くて、賢くて頼りになる父は、いつだって私たちの自慢!!
カッコイイ、理想の男性像そのものでした。

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父は寂びた雰囲気のお寺が好きで、子供の頃からドライブがてらあちこち連れて行ってくれた。

 

行ってきますのチュウ。

おかえりなさいのチュウ。

おやすみなさいのチュウ。

愛してるよのチュウ。

 

父はあの年代の人にしては珍しく、家族に愛情をストレートに示してくれた。

 

父のそんな態度から私たちは、愛はそそげばそそぐほど、
溢れて来るものだってことを教えられた。

 

叱るときには、まさしく「雷が落ちる!」の表現そのものだったけど
すぐにあっけらかんとして、後を引くこともなかった。

 

妻のことを女神のようにあがめ、家でもよそでも臆面もなく褒め称えた。

 

あまり優秀とは言えない娘たちのことも、どんな些細な成功にも感激し、
大げさすぎるほど喜んでくれた。

  

「愛してるよ~!」って、いつも叫んで抱きしめてくれた。

 

母も、私ら娘も、孫たちもみんな、
この力強い抱擁と、ほっぺにチュウの洗礼を受けまくった。

 

 

 

まるで愛情の塊のような人。

 

 

 

こんな人は他にいない。

 

 

 

この人の娘に生まれてこられたことが
私の人生で一番の幸運だったかも。

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父の死から、今日でちょうど一年です。